黒柳徹子がADHDをカミングアウト!どんな事に悩まされていた?

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「徹子の部屋」でおなじみの黒柳徹子(くろやなぎてつこ)さんは、発達障害や学習障害であるかもということを、1981年に出版された自身の本でカミングアウトしています。

完全ノンフィクションでもある「窓際のトットちゃん」の中で、子供のころの様子などを詳細に書かれていますね。

黒柳徹子さんは、どんなことに悩まされていたのでしょうか?

黒柳徹子さんは授業中でもおかまいなし

黒柳徹子さんが子供のころ、授業中だろうがおかまいなしにとってしまっていた行動もあります。

・蓋がついている机が珍しかったのか、100回ぐらい開け閉めを繰り返す。

・樹にとまっているトリに話しかけてしまう。

・教室からチンドン屋さんを呼んでしまう。

これらは全て、授業中なのにしてしまったことになります。

当然、先生に注意されてしまいますが、注意されている意味が分かっていません。

黒柳徹子さんは、暗黙のルールでもある「授業中は席に座っておとなしく勉強する」といったことが理解できなかったのです。

気になると衝動性を抑えきれなくなってしまう「ADHD(注意欠陥多動性障害)」の「多動性と衝動性」があらわれた典型的特徴といえますよね。

また、発達障害に多い「1つのことへのこだわり」とも見る事ができます。

ADHDの多動性から問題児扱いされてしまう

問題児扱いされてしまい、公立の小学校を退学することになります。

その後、トモエ学園に行ったところ、校長先生と4時間ぐらいひたすらしゃべり続けます。

4時間もひたすらしゃべり続けていることは、ADHDの多動性ともいえるのではないでしょうか。

ADHDだけじゃない学習障害でもあった

発達障害のADHDは、学習障害を伴うことが多いのですが、黒柳徹子さんも学習障害もあったのではとカミングアウトしています。

「読み書きが困難な読書障害」、「計算が困難な計算障害」

この2つもあったのではないかと自身の本でふれています。

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→長嶋茂雄が発達障害と言われる原因とエピソード

黒柳徹子が当時悩んでいた事とは?

黒柳徹子さんは、当時「他の子が普通にできることが、私にはできない」と悩まれています。

他にも、「なんとなく疎外感を感じる」、「冷たい目で見られているような気がする」と悩まれています。

今では、発達障害の名前や知識も多くの人に知られてきているのですが、昔はADHDという名前や定義もなく、1980年に今とは違う名称で診断されるようになり、日本でも広まったのが1990年代からになります。

黒柳徹子さんが子供のころは、ADHDという発達障害は認識されておらず、普通と違うということぐらいの認識しかなかったのではないでしょうか。

ADHDが認識されてからは、衝動性を抑えるお薬を飲むことで症状の緩和もできるのですが、当時はないですよね。

子供時代、周りからの冷たい目にも相当苦労されたのではと感じます。

黒柳徹子さんは、ADHDであるという診断を受けているわけではないのですが、典型的なADHDの特徴をとっていた子供だったということを本で述べています。

→長嶋一茂のパニック障害の原因!×××の克服法で現在は完治!?

今回のまとめ

ADHDなどの発達障害は、先天性のものでもありますが、症状が緩和されることもあります。

子供時代典型的なADHDの行動をとっていた黒柳徹子さんですが、今では司会者としてギネスに載るというぐらい有名な人になりました。

当時、認識されていなかった分、今より普通の生活をするだけでも辛かったのかもしれませんね(・・;)

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